浅沼宏和ブログ

2021.02.19更新

幸せになるには成果が必要です。ワークライフバランスという概念の弱さは成果を度外視して私生活の時間を増やそうとする点です。成果をあげられなければ人は幸せになれません。心理学者のアドラーも人は成果によって社会における居場所を作ると言っているのです。

多くの人が、「現代社会では頑張っても報われない。だから、仕事でチャレンジはしたくない。重い責任も負いたくないのでほどほどの処遇で十分だ」と考えるようになっています。

しかし、この考え方にはいくつか問題点があります。まず、この「ほどほどの処遇」とはどれぐらいを想定しているのでしょうか。前に紹介した西尾太氏の「年収基準」という著作では、誰がやっても結果が同じになる仕事の年収上限は300万円とされています。

この認識にズレがないかを確認する必要があります。つまり、「自分は年収300万円で十分だ。だから、責任を負いたくないしチャレンジしたくない」という認識であるかということです。もし、自分にとっての「ほどほど」が年収500万円、600万円であるとしたら、すでに現実とのギャップが生じていることになります。

また、年収300万円までの仕事、つまり「誰がやっても同じ」仕事は、今後AIに奪われていく可能性があります。すると、そうした仕事の奪い合いが生じ、仕事につけなくなる可能性が出てくるということです。

人生100年時代にあっては、80歳近くまで働かなければならなくなる可能性があります。今、20代のビジネスパーソンは、これから60年以上も仕事をしなければならない可能性があるのです。この制約条件を考慮すると、「誰がやっても同じ」仕事に従事する若者は極めて高いリスクに直面しているといえます。

ハイブリッドワークライフではすべてのビジネスパーソンは自らを「個人事業主」と考えるべきだという原則を採用します。個人事業主は「腕前」や「やる気」などに応じて仕事が舞い込みます。「ほどほど」の仕事しかしない事業主に仕事を頼む人は多くありません。常に職務能力の向上を図らなければ、いつ仕事が来なくなるかわからないのです。例え組織に属していたとしても、このような緊張感を持つことが必要です。そうすることで、どこに行っても通用する実力を身につけることができるのです。

個人事業主にはワークライフバランスなどはありません。常に成果能力を引き上げることを考えなければ生き抜くことはできないからです。だからといって、私生活も大切です。しかし、私生活と仕事は分離できるものではなく、「どちらも大事」なのです。それであるならば、仕事自体にも楽しみを見つけ、私生活を通じての成果能力の向上も必要なのです。

投稿者: 株式会社TMAコンサルティング

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