このブログを通じてトマ・ピケティの名著『21世紀の資本』の要約を行います。
「まえがき」ではピケティが3世紀に渡る対極的視点から、資本蓄積の最も重要な原理が「r>g」つまり「資本の収益率>経済成長率」であることを提示しています。
歴史的に著名な経済学者、マルサス、リカード、マルクス、クズネッツが提案した理論のシンプルな解説、その時代背景を前提に、今知るべき原理こそが「r>g」であるというわけです。
はじめに
1. 富の分配は今日最も広く議論され、かつ意見の分かれる問題の一つ。
2. 19世紀にマルクスが信じたように私的な資本蓄積の力学によって富はますます少数者に集中するのか?サイモン・クズネッツが20世紀に考えたように成長と競争、技術進歩という均衡力のおかげで発展の後期段階においては階級間の格差が縮まり、もっと調和が高まるのだろうか?
3. 18世紀以来、富と所得がどう推移してきたかについて本当に分かっていることとは何か?そこから今世紀についてどんな教訓が引き出せるだろうか?
4. 現代の経済成長と知識の浸透のおかげでマルクス主義的な終末は避けられたが、資本や格差の深層構造は変わったわけではない。少なくとも第二次大戦以後の楽観的な数十年で想像されたほどは変わっていない。
5. 富の分配をめぐる論争の多くは思い込みと事実の欠如に基づく。本書は大量の情報に基づいて新たな視点を提示する。
6. 18世紀末、19世紀初頭にイギリスとフランスで古典派政治経済学が生まれた時点で、すでに分配は主要な問題だった。当時の激しい転換は持続的な人口増が原因だった。
7. 1798年に『人口論』を刊行したマルサスにとって結論は明らかだった。主要な脅威は人口過剰と考えられた。世界は人口過剰によってカオスと悲惨に向かうと予想された。
8. 現代の視点でマルサスの破滅の予言を馬鹿にするのは簡単だ。しかし、当時の社会の転換は当事者にとってかなり衝撃的であり、トラウマ的な体験であったことは認識すべきだ。
9. リカードやマルクスも富の分配、社会階級構造の長期的進化についてかなり悲観的な見方をしていた。
10. リカードは人口と産出がどちらも安定成長に入ると、土地が他の財に比べて希少になり、地価が上がることで地主に富が集まると考えた。だから、リカードにとって論理的かつ政治的に容認できる唯一の答えは地代に対する税の引き上げであった。
11. しかし、リカードの予測は間違っていた。地代は長期的に高止まりしたが、国民所得に占める農業比率の低下により、農地の価値はだんだん低下していった。1810年のリカードにとって、その後生じた技術進歩や工業の発展の重要性など思いもよらなかった。
12. マルサスにしてもリカードにしても人類が食料調達の必要性から解放されることなど思いもよらなかった。
13. リカードの理論の根底には「希少性の原理」がある。そして、価格システムがこれを調整するとされている。価格システムは重要だが、新グローバル経済において、価格システムに道徳性がないことが問題になる。
14. 21世紀における世界の富の分配を理解する上でも希少性の原理は重要。リカードのモデルの農地価格を先進国の都市不動産価格や原油価格に置き換えて考えればよい。どちらにも不均衡が生じており、リカード的な終末論が想起される。
15. このプロセスに均衡をもたらしそうなきわめて単純な経済システムも原理的には存在する。需要と供給のメカニズムだ。ただし単純に考えて済む問題ではない。
16. マルクスが『資本論』を書いた当時、経済成長にもかかわらず工業プロレタリアートは悲惨だった。マルクスは工業資本主義の力を理解しようとした。
17. データを見ると、賃金の購買力がかなり上がったのは19世紀後半だ。それまでの長期にわたる賃金停滞はドイツのみならずイギリス、フランスでも見られた。この時期に経済成長が加速していたことを考えると国民所得に対する資本(工業利潤、地代、建物賃料)の比率は高いといえる。
18. 第一次大戦まで格差が構造的に減った様子はない。
19. 半世紀以上も工業成長が続いたのに大衆のおかれた状況は以前と同じぐらい悲惨だった。立法者にできることが8歳以下の工場労働を禁じるだけならば、経済発展、技術的イノベーション、人口移動などに何の意味があるだろう。多くの人は長期的発展を疑問に感じていた。
20. マルクスはこの問題に正面から答えようとした。工業の発達が逆にブルジョワジーの基盤自体を奪い取ると考えた。ブルジョワジーの没落とプロレタリアートの勝利は不可避であると予測した。
21. マルクスはリカード的な資本価格モデルについて希少性原理を基盤として、資本が土地不動産ではなく、主に工業用の財(機械、工場等)となり、蓄積できる資本の量には原理的に何の制限もなくなった世界を考えた。マルクスの結論は「無限蓄積の原理」とでも呼べるものだった。
22. 無限蓄積の原理とは資本が蓄積してますます少数者の手に集中してしまうという必然的な傾向だ。これがマルクスによる資本主義の破滅的な終末予測の基盤となった。
23. 無限蓄積の原理によっていずれは資本収益率の低下、国民所得における資本比率の極端な高さがもたらされる。これが社会を不安定化するという予測。
24. マルクスの悲観的な予測はリカードと同様に実現しなかった。19世紀後半にやっと上昇を始めた賃金が労働者の購買力を改善させたため。これが状況を激変させた。とはいえ極端な格差は縮まらなかった。
25. マルクスもまた持続的な技術進歩と安定的な生産性上昇の可能性を完全に無視していた。
26. 多くの制約に関わらず、マルクスの分析はいくつかの点でいまだに有意義だ。出発点としての空前の富の集中、それについて手持ちの手段で応えようとしたことは現在の経済学者も見習うべきだ。
27. マルクスの提案した無限蓄積の原理には重要な洞察が含まれている。もし人口増加率と生産性上昇率がそこそこ低ければ、蓄積された富は自然とかなりの重要性を持つようになる。特にそれが極端な割合を占めて社会の不安定要因になればなおさらだ。
28. 一方、20世紀のクズネッツは資本主義が段階を進むと経済政策の選択や国ごとの違いなど関係なしに所得格差が自動的に下がり、いずれ受け入れ可能な水準で安定すると考えた。
29. クズネッツは統計手法を用いで推論を重ねたが、そのデータが1945年から1975年の物であったことが問題だった。クズネッツ曲線の理論はかなりの部分まで冷戦の産物だった。
30. 分配の問題は依然として重要。1970年代以来、所得格差は富裕国で大幅に増大した。特に米国で顕著だった。
31. 21世紀初頭の私たちは19世紀初期の先人たちと全く同じ立場にある。世界中で経済は激変している。今後数十年間でそれがどれほど大幅な変化になるか、富の世界的な分配がどうなるかは、非常に見極めにくい。
32. 本書の結論の一つ目。富と所得の格差について経済的決定論だけでは考えられない。富の分配はきわめて政治的であり、経済メカニズムだけに還元することはできない。
33. 1980年以降の格差拡大は特に課税と金融に関する政治的シフトによるところが大きい。
34. 結論の二つ目。富の分配の力学を見ると収斂と拡大を交互に進めるような強力なメカニズムがあると分かる。ただし、不安定性の拡大を止めるような自然の自発的プロセスなどはない。
35. 収斂を後押しするメカニズムとは格差を減らす力。収斂に向かう主要な力は知識の普及、訓練や技能への投資だ。知識と技能の分散こそが全体としての生産性成長のカギだし格差低減のカギでもある。
36. 仮説1、「人的資本上昇仮説」。たとえば生産技術がだんだん技術者に大きな技能を要求するようになると、所得における資本の比率が下がり、労働の比率が上がる。すると格差は能力主義的なものとなる。
37. 仮説2、「階級闘争」から「世代間戦争」へ。これは平均余命の増大によって自動的に起こる。これを支配する論理は障害サイクルを通じた貯蓄の論理だ。人は若い頃に富を蓄積して高齢に備える。医学の発達と生活条件の改善が資本の本質を完全に変えた。
38. 残念ながら、これら二つの仮説はおおむね想像上のものでしかない。
39. 知識や技能普及がどれほど強力でも、格差増大を促進する力に脱線させられて逆方向に作用することがある。
40. 訓練への適切な投資がなければ経済成長の果実からある社会集団が丸ごと排除されてしまうのは明らかだ。
41. 成長は一部の集団には利益になるが同時に別の集団に被害を与えることもある。
42. 要するに知識の普及は自然で自発的に起こる部分が限られているということ。相当部分は教育政策、研修へのアクセスや適切な技能の獲得、関連制度機関の存在に依存する。
43. 格差拡大の力とは何か?まずトップ所得層はすぐに残りの人々を大幅に引き離してしまえる。もっと重要なことは、成長が弱くて資本収益率が高い時には富の蓄積と集中プロセスが格差拡大に向かう。
44. 低成長経済では過去の富が当然ながら重要性を大きく高める。もし資本収益率が長期的に成長率を大きく上回っていれば、富の分配で格差が増大するリスクは大いに高まる。
45. この根本的な不等式をr>g(資本収益率>経済成長率)とする。この不等式が本書の結論全体の論理を総括する。