浅沼宏和ブログ

2017.08.07更新

第9章 労働所得の格差

1. 労働所得の格差の原因として最も広く受け入れられているのは教育と技術の競争によるというもの。しかし、この理論では1980年以降の米国のスーパー経営者の台頭について説明できない。

2. この理論は二つの仮説に基づく。一つは労働者の賃金はその人の限界生産力、つまり生産高に対する個人の貢献に等しいという仮説。もう一つは、労働者の生産力はその人の技能と社会におけるその技能に対する需給によって決まるという仮説。

3. 技能の需要と供給。技能の供給は教育システムに左右される。技能の受容は社会が消費する財・サービスを生み出せる技術の状態に左右される。

4. 技能の供給が技術からのニーズと同じペースで増大しないと、訓練不十分なグループの稼ぎは減り、安い職種へ追いやられ、労働に関する格差は増大する。これを避けるには新しいタイプの教育訓練の供給、それによる新しい技能の産出量を十分に速いペースで増やす必要がある。

5. 長い目で見れば労働に関する格差を減らす最良の方法は労働力の平均生産性と経済全般の成長率をあげる方法と同じで、教育への投資であるのは間違いない。もしも賃金の購買力が1世紀で5倍に増えたなら、それは技術的進歩に加えて、労働力の技能向上によって1人当たりの生産性が5倍になったためだ。長い目で見ると教育と技術が賃金水準の極めて重要な決定要因だ。

6. しかし、労働者の賃金は常にその人の限界生産力、つまり技能で完全に決まるという考え方は各種の面で限界がある。教育への投資だけでは必ずしも十分ではない。既存技術では利用可能な技能を生かし切れないこともあるからだ。

7. ただし、すべての人間社会で保健医療と教育には本質的な価値がある。現代の発展の特徴の一つとして、産出と雇用の両方において教育、文化、医療に充てられるシェアがかなり大きいことは指摘できる。

8. 最低賃金が賃金格差の形成と変遷に重要な役割を果たしているのは間違いない。最低賃金については各国独自の歴史がある。

9. そもそも最低賃金と硬直的賃金体系はなぜ正当化されるか?労働者の限界生産性を測定することは難しい。

10. 企業にとって賃金が比較的安定していて売上の変動で絶えず変わったりしない方が効率が良い。雇用契約の一部として労働者に月給を保証することで、一種の「賃金保険」を与えると皆の利益になる。賃金の日払いから月払いへの変更は革新的イノベーションであり、20世紀を通じてすべての先進国に定着していった。

11. 長い目で見て賃金をあげて賃金格差を減らす最善の方法は教育と技術への投資だ。

12. しかし、限界生産性、教育と技術の競争という理論の不都合は1980年以降の米国に見られる超高額労働所得を説明できないことにある。

13. 能力と生産性という客観的評価に基づいた理論が正しいなら、現実に見られるようなきわめて差の大きい増え方ではなく、トップ十分位内でだいたい同じくらいのチンが下がみられるはず。

14. 要するに、ここ数十年で二つの違う現象が作用していた。まずは大卒と高卒以下の所得格差の増大。そして大卒の中でもエリート校で何年も学び続けた人だけに見られる報酬の急激な上昇だ。

15. 超高給の急上昇が起きているのはいくつかの先進国だけで、それ以外では起こっていないということだ。

16. 所得階層の上に行けばいくほど報酬増大は顕著になる。なぜそれほどの高水準の報酬が正当化されるのか?

17. 米国トップ千分位はここ数十年でシェアを2%から10%近くまで伸ばした。フランスと日本は、1.5%から2.5%近くまで増えている。

18. 人口の0.1%が国民所得の2%以上を占めるということは、国平均の20倍以上の高所得を享受しているということだ。

19. 全ての富裕国において1990年から2010年にかけて平均的個人の購買力が沈滞していたのに対し、上位0.1%は購買力の著しい増加を享受したということだ。

20. 超高所得の激増は大陸ヨーロッパと日本ではそれほど顕著ではない。しかし、10年、20年遅れがあるとはいえ、米国、イギリス、カナダのように顕著な格差の方向に動いている。

21. 富裕世界における超高所得層の増加の傾向の地域差は印象的。それが技術変化の影響とは異なることを示している。

22. 富裕国間での所得分配の推移の違いの理由の説明が必要だ。

23. トップの稼ぎ手の大半は大企業の経営者。店員や行員の仕事は限界生産を概算できる。しかし、個人の職務が完全にその企業固有のものであったり、それに近かったりする場合には誤差の範囲はずっと大きくなる。不完全情報仮説を標準的な経済モデルに取り入れると「個人の限界生産性」という概念そのものの定義が難しくなる。それどころか高い所得層を正当化する理由をでっちあげるための純粋なイデオロギー的構築物に近いものになる。

24. 実際に報酬はどう決まるのか?企業の生産高に対する書く管理職の貢献を正確に見積もることは不可能なため、このプロセスの決定が極めて恣意的で、上下関係と関係者個人の総体的交渉力に大きく左右されるのは避けがたい。自分の給与を自分で決める立場の人は、自分自身に対して甘くなる。

25. 役員報酬が最も急上昇するのは売上と利潤が外部要因で増えた時。特に米国企業でこれが顕著。この現象を「ツキに対する報酬」と呼ぶ。

 

投稿者: 株式会社TMAコンサルティング

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