浅沼宏和ブログ

2017.08.08更新

第16章 公的債務の問題

1. 政府が支出をまかなう方法は主に二つ。税金と負債だ。一般に、公正と効率の観点からして税金の方が負債よりもはるかに望ましい。

2. 負債の問題は、通常は返済が必要になるということだ。負債による資金調達は、政府にお金を貸せる人々の利益になる。社会的利益の観点からは、金持ちに借りるより、金持ちに課税する方が望ましい。

3. しかし、現状では世界の富裕国は終わりの見えない債務危機にどっぷり浸かっている。先進国が現在では1945年以来見たこともないような水準の負債を抱えている。

4. こうした事態は、公的債務の問題が絶対的な富の水準の問題ではなく、富の分配の問題であることを示している。金持ち世界は金持ちだが、金持ち世界の政府は貧乏だ。

5. 中でもヨーロッパが最も極端だ。世界最高水準の民間財産を持っているくせに、公的債務危機解決に最も苦しんでいる。奇妙なパラドックスだ。

6. 巨大な公的債務をどう減らすか?手法は、資本税、インフレ、緊縮財政の三つ。

7. 民間資本に対する課税が最も公正で効率的な解決策だ。次にインフレが有効だ。歴史的にはほとんどの巨大公的債務はインフレで解決されてきた。

8. 公正の面でも効率性の面でも最悪の解決策は緊縮財政を長引かせることだ。それなのにヨーロッパは現在この手法を採用している。

9. 現状、ヨーロッパ諸国の国富は国民所得の6年分に近く、ほとんどが民間主体が保有している。公共資産の総価値はほぼ公的債務総額に等しく純公共財産はゼロに近い。民間財産は不動産と金融資産が半分ずつ。ヨーロッパの企業や国債はヨーロッパの家計が保有している。

10. こうした実態は複雑化した金融システムのおかげで見えにくくなっている。

11. こうした条件下で公的債務をゼロに減らすにはどうしたらよいだろう?解決策の一つはあらゆる公共資産を民営化、払い下げることだ。各種計算によると公共建築、学校、大学、病院、警察署などの売却益はだいたいあらゆる公的債務残高を返済するのに十分なくらいだ。

12. しかし、こうした解決策は現実的ではない。もし国がその任務を適切かつ持続的に行うのであれば、特に教育、保健医療、安全保障の分野での機能を維持するのであれば、国は関連する公共資産を所有し続けなければならない。

13. それでも、現状のままであれば、政府は公的債務の残高に対する多額の利子を支払わねばならないので、状況は同じ資産の利用に対して賃料を支払うのとあまり変わらない。

14. こうしたやり方よりもずっと満足のいく公的債務の削減方法は、民間資本に対して一時的な特別税をかけることだ。たとえば民間財産に15%の課税をしたら1年分の国民所得が得られ、公的債務残高を即座に全額返済できる。こうしたやり方は公的債務の踏み倒しに等しいが、実際は根本的違いがある。

15. まず、債務の踏み倒しの最終的な結果を予測することは難しい。その費用をだれが負担することになるかの予測がつきにくいということ。

16. しかし、公的債務の全面または部分的デフォルトは極端な債務超過の場合に行われることがある。たとえば2011-2012年のギリシアがそうだった。こうしたやり方をヨーロッパ全体で大規模に導入したら銀行がパニックを起こし、倒産の連鎖反応が起こる。

17. さらに投資家がこうした被害を避けてしまうことも考えられる。金融資産は絶えず取引されており、最終的に損失を被る人々が、本来損失を被るべき人々だという保証は全くない。

18. これに対して例外的な資本課税の長所はもっと文明的な形で物事を動かす。まず、万人が貢献しなければならず、重要な点として銀行破たんが避けられる。金融機関ではなく所有者が支払うからだ。

19. 財政的な解決策の主要な長所は各人に要求される貢献が財産の規模に応じて調整することにある。つつましい財産はお目こぼしし、最大級の財産からそれ以上の貢献を求めるように設計された累進税を適用した方が良い。

20. いずれにしても一撃で公的債務をゼロにまで減らそうとするのはやりすぎ。

21. 例外的な資本課税が巨額の公的債務を減らす最高の方法。これは圧倒的に最も透明性が高く、公正で効率的な手法だ。

22. しかし、次の選択肢としてインフレがある。インフレ率が少しでも上がると公的債務の実質価値は大幅に減る。インフレ率が年2%から5%になれば公的債務の実質価値は対GDP比で見ると15%以上も下がる。これは相当な額だ。

23. インフレによる解決策は魅力的だ。歴史的には最も大規模な公的債務はこの手法で削減された。特に20世紀ヨーロッパで顕著だった。フランスとドイツのインフレは1913-1950年にかけてそれぞれ年平均13%と17%だった。両国が公的債務負担の非常に小さい状態で1950年代に復興に乗り出せたのはインフレのおかげだった。

24. 現在、主要な中央銀行がインフレ目標を引き上げようとしている。これが成功すればユーロ圏に比べ債務危機からずっと素早く脱出できるだろう。

25. 例外的な資本税と追加のインフレがなければ、ヨーロッパに現存するほど巨額の公的債務負担から逃れるには数十年以上かかりそうだ。

26. 長期的緊縮財政の興味深い歴史的事例は19世紀イギリスだ。イギリスはナポレオン戦争時の巨額債務を始末するのに1世紀近くの財政黒字を続けた。19世紀のインフレはほとんどゼロだったが、インフレ目標2%ならばヨーロッパの緊縮財政は10年か20年で済むだろう。だが、それでもかなりの長期間だ。21世紀の経済的課題に応えるためには緊縮財政より良い方法があると考えるべきだ。

27. インフレは累進資本税の代替としては極めて不完全。望ましからぬ副作用が起こることもある。インフレの制御は難しく、また、インフレが永続化して期待に埋めこまれるようになると、その望ましい効果の大半が消えてしまう。結局のところ、インフレはかなり粗雑で厳密さに欠くツールだということ。

28. もしヨーロッパにインフレの大波がやってきたら、富の再分配の面で、各種の予想外の結果が生じ、特にフランス、ドイツなどにおいてつつましい生活手段しかない人にとって有害となる。

29. 資本の規制と再分配においてインフレが果たす役割、中央銀行の役割を理解するには歴史的視点での考察が必要だ。

30. 金本位制が普通だった第一次大戦前は中央銀行は今日よりずっと小さな役割しか果たさなかった。特にお金を作る能力は現存する黄金と銀のストックによって厳しく制限されていた。

31. 金本位制の主要な問題点は、全体としての物価水準の変動が黄金と銀の発見という偶発時に主に依存していたということだ。もし世界の黄金ストックが一定で、世界の産出が増えれば、物価水準は下がるしかない。

32. 実際、黄金や銀の巨大な鉱脈が突然発見されると(16世紀、17世紀のスペイン領アメリカ、19世紀半ばのカリフォルニア)、物価が高騰して別種の問題を引き起こした。

33. しかし、いったん通貨が貴金属への兌換性を失うと中央銀行がお金を作る能力は潜在的に無限になってしまうので厳格な規制が必要だ。これが中央銀行の独立性に関する論争の核心だし、無数の誤解の基にもなっている。

34. 大恐慌の開始時点で工業国の中央銀行はきわめて保守的な政策を採用した。金本位制廃止からまだ間がなく、トラブルに陥った銀行救済のための流動性創造を拒否した。これが連鎖半島的倒産を生み出し危機を深刻化させ、世界を奈落の底に突き落とした。

35. 歴史的体験のトラウマが中央銀行の主要な役割が金融システムの安定にあることへの世界的な同意につながった。中央銀行は「最後にすがれる貸し手」の役割を引き受けるようになった。

36. フリードマンは資本主義経済の安定した成長を確保するには物価水準の規則正しい推移を保証する金融政策が必要だと考えた。このマネタリストの視点によるとお金がかかるだけのニューディール政策は役立たずでインチキであることになる。資本主義を救うのに唯一必要な物はきちんと運営された連邦準備制度だけと考えられた。

37. フリードマンの単純かつ強力な政治的メッセージは大きな威力を持った。フリードマンをはじめとするシカゴ学派経済学者たちの研究は巨大化する国家に対する疑念を育み、1979-1980年の保守革命を支援した。

38. しかし、マネタリスト、ケインズ派、新古典派を問わず、あらゆる経済学者は中央銀行が最後にすがれる貸し手として活動すべきで、金融崩壊とデフレスパイラルを避けるために必要なあらゆることをすべき点に合意していた。

39. 実際問題として中央銀行は何をするのか?中央銀行は富を再分配するのだ。

40. まず確実なのは、中央銀行が金融機関、非金融機関、政府に融資してお金の供給を増やしても国民資本には即座には影響しない。中央銀行は企業に投資を強制したり、家計に消費を強制したりできない。また、経済に成長を再開するように命じることもできない。インフレ率を決める力もない。

41. 民間投資家たちは金融当局がゼロ金利近くで貸してくれるお金をどう使ったらよいかがはっきりわかっていない。借りたお金は最もしっかりとしていると思われる政府に非常に低い金利で貸し直すことになる。

42. 中央銀行が強力なのは富を極めて急激に再分配できるからだ。お金を即座に無限に作れる能力は貴重な能力だ。課税だけに頼ることが唯一の金融危機解決の方法なら、世界中の銀行は倒産してしまう。金融当局の強みは急速な実行力だ。

43. 中央銀行の弱みは金融ポートフォリオの管理が難しいこと。中央銀行は富を素早く大規模に再分配できるが、その目標選択が大間違いの可能性もある。だから、中央銀行のバランスシートの規模に制限を付ける方が望ましい。だからこそ中央銀行は主に金融システム安定性の維持に専念した厳しい任務規程の下で活動するのだ。

44. 中央銀行の役割の制約を巡る論争の中で二つ問題が注目される。一つは、銀行規制と資本課税が相補的な性格だということ。もう一つは、ヨーロッパの現行制度設計の欠陥でこれがあらわになってきていること。EUは歴史的前代未聞な国家無き通貨を大量に作りだそうとしている。

45. EU通貨統合時の前提は、中央銀行は政治的コントロールから独立すべきであり、唯一の目的は低インフレを目指すことであると考えられていた。しかし、2008年危機により、中央銀行は経済危機において重要な役割を果たさねばならないという風に変わった。ただし、中央銀行は無限にお金を作る力を持つので、厳しい制約条件下で行動すべきとされた。

46. 理想社会においてどのくらいの公的債務水準が望ましいか?この問題について何らかの黄金則があるわけではない。

47. しかし、ヨーロッパではEU加盟国の財政赤字をGDPの3%以下に抑え、公的債務総額はGDPの60%以下にとどめるべきと定められた。これは国家無き共通通貨を作るという決定の避けがたい結果。加盟国の負債をプールせず、財政赤字で強調することがないならどうしてもこうなる。

48. 歴史的に私たちは債務が公的財政にかなり重圧をかける時代にいる。だからこそなるべく早く債務を減らすべきだし、その手法は民間資本に対する累進的な1回限りの課税課、インフレによるべきだ。

49. もう一つ重要なのは21世紀に起こりうる自然資本の劣化だ。世界的観点から、これこそが世界の主要な長期的懸念だ。

50. 今後、財産の新しい形態や、資本への新たな民主的コントロール形態を開発する必要がある。そして本質的な点は、参加者それぞれへの経済情報の提供が必要ということ。こうした透明性が民主的ガバナンスには不可欠だ。

 

 

投稿者: 株式会社TMAコンサルティング

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