2章 経済成長―幻想と現実
1. 新興国が先進国に追いつこうとする世界的な収斂プロセスが起きている。それでも富裕国と最貧国との格差は大きい。
2. 良い結果が起きるには最貧国が自分で自国に投資できなければならない。
3. もう一つの重要問題。21世紀には低成長時代が復活するかもしれないということ。例外的な時期を除き歴史的には低成長時代が当たり前だった。
4. 成長を理解するために産出の成長を二つに分解することが重要。人口増加と一人当たり産出の成長とに分ける。
5. 経済成長には純粋に人口的な部分と純粋に経済的部分がある。生活水準の改善に寄与するのは後者の経済的部分だけ。
6. 世界的な一人当たり産出の成長率は年率2%をわずかに上回るだけでしかない。
7. その一、18世紀にはじまった成長率の上昇は年間成長率としてはつつましいものだった。その二、成長に占める人口増加分と経済の部分とはだいたい同じ規模だった。
8. 年率1%ぐらいの成長がとても長い期間続くときわめて急速な成長になる。産業革命前の数世紀がほぼゼロ成長であったことを考えるとよい。
9. 今後の数世紀の成長はかなり低い水準に戻るはずだ。
10. 「累積成長の法則」‥低い成長率でもきわめて長期間続けばかなりの進歩につながる。
11. 累積成長の法則は基本的には累積収益の法則と同じもの。
12. 資本収益率、経済成長率のわずかな違いでも長期的には社会的格差の構造や力学に対し、強力で不安定化するような影響をもたらす。
13. 西暦0年から1700年までの平均人口成長率は0.2%以下だったのは確実。
14. 人口増加は1700年以後かなり加速した。18世紀は平均年率0.4%、19世紀には0.6%になった。ヨーロッパだけでは19世紀から0.8%の増加だった。
15. 第一次大戦前後からヨーロッパの人口増加率は低下し、0.4%程度になった。人口転換と呼ばれる現象で、平均余命の伸びを出生率低下が相殺した。
16. アジア・アフリカでは長く出生率が高止まりしたため20世紀の人口増はめまいがするほど高いものになった。
17. 世界人口の増加率は1700~2100年の間に巨大な釣鐘型の曲線を描いたことになる。特に1950~1990年には2%近くというすさまじい頂点を迎えた。
18. 夫婦が持ちたがる子供の数が少し変わるだけで社会全体にとってすさまじい影響をもたらす。そして子作りの選択は予測不可能。人口のパターンには無数の地域差や変化がある。
19. 人口増加が大きいと格差低下につながりやすい。それが相続財産の重要性を引き下げるため。
20. 人口が横ばい、または人口減になると先代が蓄積した資本の影響が高まる。
21. 低成長だと資本収益率は成長率より大幅に高くなる。すると長期的には富の分配格差につながる。
22. 高い成長が格差縮小をもたらすもう一つのメカニズムがある。成長は少なくともエリート層の入れ替わりをもっと急速にしてくれる。
23. 成長がゼロないし小さい場合、経済機能、社会機能、各種の専門機能は世代ごとにほとんど変化なしに再現され続ける。しかし、絶え間のない成長は新規技能を必要とする。成長により個人の社会的モビリティが高まる。
24. 現代の経済成長が個人の能力・適性を明らかにする道具という常識は疑った方が良い。19世紀以来、この理屈が各種の格差の正当化に使われすぎている。
25. 1人当たりの産出という概念は人口よりもはるかに抽象的になる。人口は少なくとも目に見える現実に対応している。しかし、経済発展や暮らし方は多次元的なプロセスであり、ひとつの指数でうまくまとめられるものではない。
26. 1700~1820年までヨーロッパでは購買力はほとんど増えなかった。1820~1913年では倍以上になり、1913~2012年で6倍以上に増えた。
27. 経済成長が万人にとって目に見える現実となったのはやっと20世紀になってからだった。
28. 長期的な購買力改善と生活水準向上は主に消費の構造が変化することで生じる。もともと消費者のバスケットには食品しか入っていなかったが、それがだんだん工業製品やサービスがたくさん入り、ずっと多様化した財のバスケットになった。
29. 長期的には相対価格が大幅に変動し、一般消費者の財のバスケット構成も派手に変わる。これは主として新しい財やサービスが登場するせいだ。
30. 三種の財の価格の推移。工業材は生産性成長が高かったため価格は下がっている。食品部門は工業部門に比べて生産性向上は低めだが、それでも全物価平均と同じ程度で推移した。サービス部門の生産性向上は低く、サービス価格は全物価平均よりも急速に上がっている。
31. 一般的には上記の三種の財の区分で説明できるが個別に洗練させる必要がある。
32. たとえば食品は20世紀を通じて輸送費の激減で恩恵を受けてきた。逆にPCや携帯電話、タブレット、スマートフォンなどはきわめて短期間に購買力の10倍増をもたらした。価格は半分になり性能は5倍になった。
33. サービス部門は多様性が最も極端。そもそもサービス部門という発想自体が無意味。先進国では労働力の7~8割がサービス部門で働くようになり、この分類自体が以前の意味を失った。
34. サービス部門は莫大な活動の寄せ集めだが、19世紀以来の生活条件改善のほとんどは、この部門の成長のおかげ。
35. サービス部門のかなりの部分、特に保健医療や教育関連サービスの相当部分は税金で提供されている。この二つは過去2世紀にわたる生活水準改善の中で最も目に見える素晴らしいものだった。
36. 公共サービスを完全にGDP計算から除外するのは経済的に馬鹿げている。
37. 会計手法は教育と保健医療の根本的な「価値」を過小評価してしまい、おかげでこうした分野のサービス急拡大期で実現された成長も過小評価しているかもしれない。
38. 年率3~4%以上の成長が起こった歴史的事例は、他の国に急速に追いつこうとしていた国だけで起きた。
39. 重要なのは、世界の技術的最前線にいる国で一人当たり産出成長率が年率1.5%を上回った国の歴史的事例は一つもない。
40. 成長というものが最低でも年率3~4%であるべきだという考えは歴史的にも論理的にも幻想に過ぎない。
41. 1人当たり産出の成長率が年率1%くらいというのは実はかなりの急成長。30年単位で見ると累積成長率は35%以上になる。
42. 30年で一人当たり産出が35~50%増えるということは、今日生産されているもののかなりの部分が30年前には存在せず、したがって職業や仕事の4分の1から3分の1は当時は存在しなかったということ。
43. 成長率が年率0.1~0.2%の社会はまるで変化がない状態で次世代が再生産される。職業構造も財務構造も同じ。
44. 年率1%で成長する社会は深い永続的変化を伴う社会となる。
45. フランスの戦後の栄光の30年は歴史的に見ると例外的な時代だった。
46. 栄光の30年は米国では起きなかった。
47. 西欧は両大戦の被害が大きかったので成長率の変化は激しい。
48. 西欧が成長の黄金時代を実現したのは1950年から1970年にかけて。その後、数十年で成長率は半分から3分の1に下がった。
49. 20世紀における異なる集合的成長体験を見ると、商業と金融のグローバル化に対する各国の世論が大きく違う理由がわかる。
50. 人口増加と1人当たり産出は18~19世紀にかけて加速し、20世紀に大きく高まり、それが21世紀にずっと低い水準に戻りそうだ。
51. 世界人口増加率は21世紀後半にはゼロ近くまで下がるだろう。
52. 世界の1人当たり産出成長率は人口よりピークがずっと遅く、それはゼロ近くまでは下がらず、年率1%あたりにとどまるだろう。
53. 世界の成長を巡る二つの釣鐘曲線は相当部分がすでに決まっている。
54. 新興経済が金持ち経済との差をどんどんつめ続け、大きな政治的軍事的障害が起こらずにこのプロセスが2050年ごろに完了するというシナリオは楽観的すぎるかもしれない。
55. 成長は常に新しい財やサービスをもたらし、相対価格のすさまじい変動を引き起こす。
56. 相対価格に加えてインフレの問題がある。第二次大戦の公的負債を富裕国が始末できたのは基本的にインフレによる。
57. インフレは20世紀を通じて社会集団間での再分配をもたらした。
58. インフレはおおむね20世紀の現象。18世紀、19世紀を通じて古典文学に出てくる貨幣価値はあまり変化していない。
59. インフレのない世界は第一次大戦によって永遠に崩壊した。政府はどこもすさまじい赤字財政を出した。
60. 金本位制を維持するために1946年に確立された体制(ブレトン・ウッズ体制)は、ドルの金兌換が停止された1971年に終わった。
61. どの国でも1914~1945年のショックが戦前世界の金銭的確実性を乱した。
62. 安定した通貨参照点が20世紀に失われたのは、それまでの正規からの大幅な逸脱なのだ。